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批評と編集(5)。

Oki0221

東京中央郵便局で軍資金を補給し、丸の内OAZOに駆け込んだのは、この焦燥を鎮めてくれるものが、中野にも新宿にも新橋にも有楽町にも無いと思ったからでした。もどかしい思いでエスカレーターに揺られ、写真評論の棚の前に立っていました。

とは言え、前夜と同様に、誰の本を手にすれば良いか、まるで見当は付きませんでした。相変わらず、背表紙の文字を追いかけるばかりで、誰に急かされたわけでもないのに、焦りは募るいっぽうでした。

「西井一夫」の文字を認めたのは、棚の上の方に眼を遣ったときでした。DVD『≒森山大道』の冒頭に、西井さんに捧げた森山さんの献辞があり、その後、本編に緑色のガウンを羽織って登場する、あの西井さんです。

既に故人である人物が、映像の中で森山さんを語るその生々しさに一瞬たじろぎ、しかし、その語りに耳を傾けていれば、いかに西井さんが森山さんを愛していたかが伝わってきます。その感動はどこまでも深く、また命と引き替えるように語られた言葉は、どこまでも響いてくるものでした。

西井さんの著書は、既に『なぜ、未だ「プロヴォーク」か』と『写真的記憶』(いずれも青弓社)を持っていました。しかし、森山さんの写真を知らず、また自分で撮ることさえままならない私が、いきなり西井さんの言葉に頼るのは、まるで文庫本の巻末解説から読み始めるような後ろめたさがあり、心ならずもほったらかしにしていたのでした。

にも関わらず、再び西井さんの著書に指が向かったのは、そのタイトル、『写真編集者』のなせる業です。写真家の個人史から写真を考えたことはあれど、「編集者」という角度から、写真を眺めたことは無かったからです。

白状すれば、山章二と山章二の区別が付いたのは、ここ2年ほどのことです。森山さんを知り、その著作を読み始めた当初は、「あの似顔絵を描く人は、編集者でもあったのか。」と誤解をしていたのでした。別人だと判ったのは、何かの本で、山岸章二が既に故人であると知って以後のことです。

森山さんを世に送り出した最大の功労者とは言え、それまで断片的に知っていた山岸章二の印象は、私にとって、決して良いものではありませんでした。凄腕の編集者ということは判っても、それが「山岸天皇」と言わしめるほど独裁的であったとなれば、感情的にはどうにも受け入れがたいものがあり、おいそれと近付く気にはなれなかったのです。

(つづく)

Oki0186

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