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根拠。

  • July 20th, 2006 (Thu) 23:24
  • 昔話

Oki0141

今日になって、徐々に水位が下がりはじめました。一日中、曇天で、7月の下旬とは思えない気温でした。このまま晴れてくれれば….と思っていましたが、夜になって再び雨が降り始めています。大事にならなければ良いのですが…..。

予定していた出張も、交通網が寸断され、行くことができなくなりました。相手は「自然」ですから、敵うはずがありません。

個人的にお見舞いのメールを頂いたなかに、印象深い言葉がありました。少し、引用します(ご本人には事後承諾ですが、お赦し下さい。ね、ユリタさん)。

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異常気象もそうなのでしょうけど、自然災害に対しての体感を通した知識がなくなってきているのかもしれません。開発をする側もそうですし、その土地に住んでいるほうも、どういった土地なのかという知識を経験を通してもっていないのでしょうね。

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いつの時代も自然災害はあり、不幸にして命を落とすことが多々あったことと思います。そしてそれを切り抜ける「生活の知恵」もまた、見えないものを見る力として、ほかならぬ「自然」が与えてくれていたのかもしれません。たとえば、地下に伏流する水の流れなど、昔の人は当たり前に把握していたようです。

私の実家の隣家は、跡継ぎがいなくなり、長い間、廃墟同然に放置してありました。最近になって、ようやく、その家を取り壊しました。

その家の裏手にある炊事場には、山から引いた綺麗な清水を溜める場所があり、夏場には西瓜を冷やしたり、こぢんまりとした池を作って金魚を放したりしていました。その水が真夏の日射しに照らされて、きらきらと輝いていたさまを憶えています。

家を倒し、地面を掘り進めて出てきたのは、おびただしいほどの石群でした。工事の方は、わけも判らず、その石を掘り出して取り除きました。更地になり、土を敷き詰め、そののちしばらくして判ったのは、その地下に水脈があるらしいことでした。綺麗に敷き詰めたはずの土、その家の山際の奥あたりが、見事な沼に変貌したのです。

そんな土地の上に家を建てたことも驚きですが、石群を敷き詰めただけの土地の上に、何十年もの間、その家が崩れもせずに立ち続けていたことにも驚きます。

自分の実家の土地でありながら、私はなにも知りません。亡くなった祖父は、「大雨が降っても、この裏山は崩れやせん」と、常々、口にしていました。岩盤があるから、と言うのがその理由でした。

祖父が何を根拠に「岩盤がある」と言ったのか、私は聞かず仕舞いになってしまいました。この夏、帰省した折りに、祖母に訊ねてみるつもりです。

Oki0133

Comments:3

散歩道 06-07-21 (Fri) 16:22

■marmotbabyさん、
大きな被害に見舞われなくて良かったですね。
湖の近くにお住まい・・どのあたりでしょう。
いつも不思議に思うのですが、当たり前といえば当たり前のことですが
被害に遭われた人々を懸命に救出する作業を、談笑の茶の間でテレビで見る自分、被災し避難し、電気も水も食料も不足している人たちがいるのに飽食の恩恵に与る自分、被災した人よりはるかに多くの情報をネットで見れる自分、同じ時間、同じ空の下にいるのに影響を受けなかった人たちの日常の生活、時々不思議に思えます。

ユリタ 06-07-21 (Fri) 17:28

事後承諾OKです(笑)。

祖父母が感動していました。この場を借りて、改めてありがとうございました。両親もよろしくお伝えくださいとのことでした。

岩盤の件、分かりましたらお知らせください。興味あります。

「散歩道」さんのコメントに便乗させていただくと、空想だけの想像力ではない「想像力」が寛容な社会をつくるために、如何に不可欠なものかということを感じさせられますね。

茶の間にある自分の現実と、他者の現実との媒介としての「テレビ・メディア」ですが、そこに視聴する側の想像力がないと単なる娯楽情報BOXになるから怖いものです。

marmotbaby 06-07-21 (Fri) 20:17

>散歩道さん
ご心配いただき、ありがとうございました。おかげさまで、私個人と身近な人には、大きな被害はありませんでした。
しかし、おっしゃるように、紙一重のところで被災せずに済んでいることに、なんとも形容しがたいものを感じています。不謹慎極まりないことですが、子どもの頃には、こうした大雨があると、その非日常に胸が高鳴ったものでした。さすがに今では、そうした心持ちになることは無くなりましたが(子どもが生まれてからは、殊にそうです)…..。
そちらも大きな被害に見舞われているようですね。くれぐれもお気を付け下さい。

>ユリタさん
情けないことを告白して失望させてしまうかも知れませんが、お祖父さま、お祖母さま宅にお電話差し上げた折り、万一のことがあった場合、職場をどのように放棄しようかと考えてしまいました。大事なくてホッとしたのは、お祖父さま、お祖母さまのためだけではなく、このまま仕事を続けられる自分にホッとしていたのです。まったく、意気地がありません。
何事につけ、そうかも知れませんが、我が身にふりそそいで来ないものに思いをめぐらせることには、乗り越えがたい壁があるのかもしれません。今回、そのことを、イヤと言うほど思い知らされた心地です。
なので、あんまり感謝されると、本当に申し訳なくてたまらなくなるのです(苦笑)。

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