Home > 思惟 > 聞いていない。

聞いていない。

  • June 19th, 2006 (Mon) 22:03
  • 思惟

Oki0092

「聞いていない」という台詞は、とても不思議な言葉です。どのくらい「不思議」かと言うと、『サラリーマンNEO』(NHK)の「サラリーマン語講座」に寄稿しても良いくらいの不思議さです。振付を付けてもらえれば、きっと「サラリーマン体操」にも転用できるはずです。

「そんなこと、聞いてないよ!」と踏ん反り返り、天地がひっくり返ったかの如く驚愕してみせれば、「伝えていないそちらに非があるのであって、聞いていないこちらが悪いわけではない」という明確な意思表示をしたことになります。ちなみに、漢字で「ふんぞりかえって」と書くと、このように変換されました。

逆に「すみません、それ、伺ってないんですが……」と、一応は下手(したて)に出て見せたとしたらどうでしょうか。こちらも、潜在的に伝えるメッセージは、先の場合と同じです。いずれの場合も、「聞いていない」と言うことによって、瞬時のうちに自分の無知や配慮の無さ、能力不足や度量の狭さを棚上げし、「要はお前のせいなのだ」というメッセージを伝えることが可能になります。

メールで要件を伝えたのに、相手が読んでいない、と言った事例も同様です。期日のある要件の場合、仮にその要件を伝えたのが1週間前だと「早過ぎるよ」と言われます。かと思って、2、3日前にメールを入れると、「いま言われても困るよ。もっと早くに伝えてくれなきゃ…..」、なぁ〜んてことになります。

「聞いていない」「読んでいない」が、単に「免罪符」として機能するだけならまだマシです。タチが悪いのは、それが積極的な責任転嫁に止まらず、相手を根底から断罪するからでしょうか。充分に「申し訳ない」と土下座している相手に対して、その後頭部を踏みつけるようなものです。しかし、踏みつけている側に、その自覚はありません。

もちろん、踏みつけられた側も、心の中では「いま、聞いただろ!」と、相手の両耳をわしづかみにし、前後左右にグルグル振り回したうえ、もういちど相手の耳元で大声で復唱し、「聞こえたか!?」と叫びたい衝動に駆られているはずです。

「察する」とか「以心伝心」とか「相手の立場をおもんばかる」などと言った「曖昧な日本の私」が消滅しつつある現在、ほうぼうでこうしたミス・コミュニケーション、ディス・コミュニケーションが多発しているようです。

ひとりの人間に連絡するツールを数え上げればキリはありません。紙切れのメモを残す、メールを入れる、携帯もしくは固定電話の留守電に吹き込む、Faxを入れる、ブログや電子掲示板に書き込む……。

これだけのツールに囲まれながらも、エゴを剥き出した直情径行の「聞いていない!」が起こります。ツールが如何に多くとも、またそれが如何に正確な機械であっても、人間性や道徳性の学習には、なんら関係が無いことの証左でしょうか。

Oki0085

Comments:1

Monochrome Recollections 06-06-29 (Thu) 22:29

「今、聞いただろ!」。

memoranadaのmarmotbabyさんが、6/19付けのエントリーで『聞いていない』と題して興味深い記事をお書きになっていました。本来ならコメント…

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://memoranda.egoism.jp/blog/2006/06/%e8%81%9e%e3%81%84%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%82.html/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
聞いていない。 from memoranda

Home > 思惟 > 聞いていない。

Spider
Recent Entries
Recent Comments
Archives
Categories
Now Playing
flickr Photostream
DSCF7851DSCF7849DSCF7848DSCF7846DSCF7844DSCF7840DSCF7839DSCF7853DSCF7833
TagClouds
Search
Feeds
Meta
Counter

Return to page top