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egoism ≒ respect.

Oki0015

屋外を歩くと、口中が砂まみれになりそうな勢いです。かつて『黄砂に吹かれて』という歌謡曲がありましたが、決して気持ちの良いモノでは無いことが良く判りました。

ま、それはさておき。

いやぁ〜、昨夜のF1、本当に凄かったですね〜。

予選の結果を知って、実は落ち着かなかったのです。順位こそ、M. Schumacherがポール、F. Alonsoが5位でしたが、状況的に12年前を彷彿とさせるオーダーでしたし、なにより、ここ最近、穏やかで綺麗な笑顔のM. Schumacherを見ていると、そのままどこか遠くへ行ってしまいそうな恐さを感じていましたから…..。

地上波中継の冒頭、A. Sennaの悲劇から説き起こし、フラッシュバックのようにこの12年間を回想した映像には、思わずホロリとさせられました。なかでも、Sennaの記録に並んだ後のインタビューで、感極まって嗚咽を堪えるSchumacherと、堪らずその肩を抱いたHakkinenのあの映像は、幾度観ても胸に迫るものがありました。

「皇帝」と呼ばれ、ヒールの烙印を押された者の孤独に、ここ最近はシンパシーを感じてしまいます(だからこそ、Fuji TVの「落日の赤き皇帝」というフレーズには、どうしても反感を覚えてしまうのです)。

以前、「エゴと献身」という記事(こちら)にも書いたのですが、基本的に、私はSchumacherが好きではありませんでした。しかし、昨シーズン、勝てないレースを続けながら、なおもモチベーションを維持し続ける姿を見るなかで、私の見方は少しずつ変わりました。

おそらく、いまのFerrariの不振は、ほかならぬマシンの不振であって、自らの肉体的限界に因るものではないことを、Schumacherは良く理解しているのかもしれません。だからこそ、引退勧告ともとれるあざとい報道を歯牙にもかけず、チームの再生に身も心も捧げているのかもしれません。自らの信念に献身的である者を「エゴイスト」と呼ぶのなら、Schumacherは間違いなく、並はずれたエゴイストに違いありません。

あまりに美化すると失笑を買うかもしれませんが、このエゴイズムは、チームやF1界そのものへのリスペクトが無ければ出来ないことかもしれません。おそらく、Schumacherは、”Senna Who?”と言ったことは無いでしょうし、これから先も、決して”Alonso Who?”とは言わないのではないかと思います。

果たして、Schumacherのモチベーションの源はなんなのでしょう? 前人未踏、決して破られることのない三桁の勝利数に乗せることなのか、それとも、Alonsoという好敵手を得た喜びに満ち溢れているからなのか……?

いずれにせよ、再び、昨日のようなレースに巡り会えることを楽しみに…..。

Oki0011-1

(余談ですが、テレビ観戦中の、視聴者自身の「ピット作業↑」、CMの間に完了すると、妙な達成感があるのは私だけでしょうか?)

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