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血肉ある言葉(2)。

  • April 7th, 2006 (Fri) 23:48
  • 光画

Mi0153

昨年、東京に出張した折、同僚に誘われて、生まれて初めて歌舞伎を観劇しました。銀座の歌舞伎座ではなく、国立劇場でしたが、初心者には充分過ぎるくらい、見応えのあるものでした。

なにしろ、テレビでさえ、観たことの無い私です。誘われた当初は、寝ずに済ませられるだろうかと心配でしたが、まったくの杞憂でした。前方の、しかも花道の傍らに陣取っていたことも理由でしょうが、その迫力には、ただただ圧倒されるばかりでした。

情けないことに、演目が何であったか、すっかり忘れてしまいました。しかし、開幕前の同僚のイニシエーションによって、今でも明確に憶えていることがあります。

同僚は、歌舞伎の歴史や役者の来歴などには、およそ興味は無いのだと言いました。ですから、それに関する知識の持ち合わせもなく、演目のストーリーに至っては無知同然でした。

そこで、ロビーで頒布されているガイドブックのお世話になるわけですが、「それでは、いったい歌舞伎の何が魅力なのだ?」という私の問いに、「肉体から絞り出される言葉と様式美だ」と即答したのでした。

全体で三幕あるうちの二幕目だったでしょうか。自ら乳を含ませたこともある、大恩ある主君の娘が、実は下女として我が家に雇われていることを、「実の娘婿に」と招いた武士から聞かされます。しかも、その武士は、その主君の娘の許嫁…..。母親はひどく狼狽しますが、すべてを承服し、実の娘にその武士を諦めるよう説得します。

しかし、娘には到底納得できることではありません。心を鬼にして「諦めよ」と迫る母親に、さながら駄々っ子のように「いやじゃ、いやじゃ」を繰り返します。

同僚のガイドブックを先読みしていた私は、その先、揉み合いから母親が実の娘に手をかけてしまうことを知っていました。その後、娘の首は宙を舞い、自分を裏切った武士に対して、呪いの言葉を吐くのです。

母親が「諦めよ」と迫り、娘が「いやじゃ、いやじゃ」を繰り返すシーンは、謂わばこの演目いちばんの見所です。主君に対する義理と娘に対する愛情がせめぎ合い、ついには実の娘に手をかけることで、泣く泣く義理を果たしてしまう、老いた母親の悲痛な心。

しかし、「諦めよ」「いやじゃ、いやじゃ」を繰り返す揉み合いのシーンで、観客が漏らしたのは、さざ波のような笑い声だったのでした。

同僚のガイドブックを見ていなければ、同じさざ波のひと波くらい、私も荷担していたかもしれません。どう考えても笑う余地のないシーンで、決して小さくは無い笑いが漏れたことに、同僚はひどくショックを受けたようでした。

役者のレベルの問題でしょうか? それとも、ストーリーを共有しない、観客の無知に起因するものでしょうか? いずれにせよ、同僚の下した結論は、「肉体からほとばしる言葉のボルテージと、言葉に感応する身体のボルテージの低下」というものでした。

(つづく)

Mi0152

Comments:2

散歩道 06-04-10 (Mon) 16:36

■marmotbabyさん、
実際に演目の内容に興味があって足を運ぶのか、贔屓の役者が出ているから行くのか
定かには判別しがたいですが、劇場に出向き生の舞台に触れる機会は素晴らしいことです。分かっても分からなくても雰囲気を味わうことが大事だと思います。

演目が何なのか直ぐには思い浮かびませんが、役者のレベルの問題でも観客の無知でもないのだろうと思います。歌舞伎役者は時として観客の思いもよらない事を舞台上で繰り広げますから、きっと笑いを誘う要素があったのだろうと思います。

ご同僚の言われるように形にはまった様式美の美しさや面白さが歌舞伎の魅力だと思います。また現代にも通ずる義理人情等々が生きている面白さもあります。
機会がありましたら今一度足を運んでみてください、違った発見がきっとありますよ。

marmotbaby 06-04-10 (Mon) 19:22

散歩道さん、こんばんは。

よくよく考えると、歌舞伎どころか、演劇を生で観たこと自体が初めてだったかもしれません。それにしても、とてつもない迫力でした。
その後、同僚に訊いたのですが、『当世流 小栗判官』という演目のようです。仰るとおり、コミカルな箇所もあり、また、昔の台本通りに演じるのではなく、現代風のアレンジを加えたり、笑いを誘う要素を折り込んだりするそうですね(そんなことも知らなかったんです)。
この記事に書いたシーンにも、もしかすると、笑いを誘うなにかが組み込まれていたのかもしれませんね。間違いなく、私以外は目の肥えた観客の方ばかりでしょうし….なにより、平日の夕方にもかかわらず、あれほどの劇場が満席になること自体が、私にとっては強烈な体験でした。さすが、東京。

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