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みおくり(2)。

  • February 21st, 2006 (Tue) 23:05
  • 昔話

Mi0091

祖母の家のある辺りは、いわゆる港町でした。しかし、港町だと知ったのは、ずいぶんとあとになってからのことです。父の実家に比べ、周囲に山は見当たらず、せせこましく町家が軒を連ねているところでした。

家の脇には小さな教会がありました。祖母の家は天台宗なので、キリスト教とは無縁のはずでした。しかし、なぜかキリストの絵が二階に恭しく飾ってありました。むろん、この絵が「キリスト」だと知ったのも、かなりあとになってからのことです。

それはそれは恐ろしい肖像画でした。なにしろ、頭にイバラの冠をつけ、眼を向いたまま、口からわずかに血を流している、首から上の青ざめたキリスト像です。昼間はまったく気にならないのに、夜になると俄然、その存在が際だちます。子ども心には、恐ろしい以外の何物でもありませんでした。

他にも、祖母の家には恐ろしいものがいくつもありました。般若の面、神楽の面、提灯を提げて夜道を歩く、親子と思しき二人連れを描いた油絵…..。これらの飾り物は、「畏怖する心」を培うのに、充分すぎる効き目がありました。

祖母の家に向かうには、当時、まだ「国鉄」と呼んでいた最寄り駅からバスに乗り、15分ほど揺られたあと、スーパーに隣接するバスセンターで降り、そこからさらに10分くらい歩くのでした。

父の実家が、別の駅から山坂を越え、バスで50分もかかることに比べれば、はるかに楽ちんだったのです。幼い頃、乗り物酔いの激しかった私は、こと、移動することに関しては、祖母の実家の方が好きだったのです。

(ちなみに、乗り物酔いを防ぐには、梅干しの実をおへそに貼り付けると良い、と父方の祖母から聞かされ、試したことがありましたが、なんの屁の突っ張りにもなりませんでした)。

バスセンターとは言え、3、4台のバスが並べばいっぱいになるくらい小さなもので、当時は木造の駅舎でした。隣接するスーパーも、日用品と食料品を扱っているくらいのものです。それでもそこは「中央町」という呼び名で、少し歩くと、埠頭に繋がる車道の両脇に、歩道だけを雨除けしたアーケード街があり、小さな商店が奥ゆかしく並んでいるのでした。

(つづく)

Mi0098

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