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来歴(最終回)。

Mi0015

なんともマニアックな世界になってすみませんでした。とは言え、安部公房の写真は一見の価値があると思うので、ご紹介した次第です。

で、昨日の文献リストを一部修正・追加しました。手持ちの資料をざっと並べただけですから、はなはだ不充分です。他にも情報をお持ちの方がいらっしゃれば、是非お寄せ下さい。

さて、「来歴」に戻ります。

尋常ならざるカメラマニアであるところの我が父への反発が、私を「機械」ではなく「写真」に向かわせたわけですが、「写真家・安部公房」の「発見」が、まさにそのきっかけを与えてくれたのでした。

学生時代、古本で『都市への回路』(中央公論社)を手に入れた頃でした。その当時、カメラに何の興味もなかった私は、「反発」の意思表示の一環として、その本を父に見せたのでした。

すると、父はパラパラと数頁をめくっただけで、「こういう写真が流行った時期があるんよ」と、こともなげに切り捨てたのでした。

当時の私は無邪気さの絶好調。安部公房のものなら何でも好き、という、さながら「夢見る少年」状態でしたから、言下に「タダの流行廃り」に括られたことに、大いに腹立ちを覚えたのでした。

いま振り返ると、父は間違いなく’60〜’70年代の「コンポラ」をイメージしたのでしょう。コントラストの高いパンフォーカスのモノクロなら、なんでもかんでも「コンポラ」にしていたのでは、と。

当時の私は、父の素っ気ない「分類」に頭に来ていましたから、それ以上、その「流行廃り」の内訳を訊くことも調べることもしませんでした。なにより、興味は「安部公房」でしたから、「写真史」など眼中になかったのです。

ところが最近、その父が、実は「コンポラ」が大好きだということが判りました。中平卓馬さんの著書も、リアルタイムでずいぶん読んでいたようです。なにより「森山さんの写真は凄いのだ。お前、今頃知ったのか!?」と言い出しています。

単なる機械偏愛親父だと思っていましたが、意外に写真史にも強い。ただ、残念ながら写真集を買い込むほどのマメさは無かったようです。

あのとき、言下に「流行廃り」と切り捨てたのは何だったのか….? 好きなら好きと言っていれば、あのとき、父子の会話もできたものを…..。否、「切り捨てた」と感じたのは、もともと反発心のあった当時の私の「錯覚」だったのかもしれません。

あれから干支がひとまわり以上して、ようやく同じ地平を得た心地がします。そして、「悪いことしたな….」と、すこしだけ思ってみたりするのでした。

(了)

Mi0006

Comments:3

moaan 06-01-11 (Wed) 23:13

わたしはもう死んでしまったわたしの父と
会話らしき会話を交わした記憶がほとんどありません。
父が何を言ったか、辛いことしか憶えていないのです。
今になって思うのですが、自分に似たわたしのことをわざと遠ざけていたのでは。。。と。
鏡の自分を見て嫌な気持ちになるような。
marmotbabyさんの文章を読ませてもらって
子供の頃のことを思い出しました。
カメラと父子関係にまつわるいいお話ですね。
「切り捨てた」のは 心の琴線に触れられて、驚きや照れのようなものあったからでは、などと 勝手に思ったりしました。

ユリタ 06-01-12 (Thu) 4:08

うちの父親の場合は、まず「切り捨て」てから、それでもしつこく這い上がって来てから始めて、関心を示すというパターンがあります。背景にはいちいち子供のいうことに関心をはらっていたらかなわん…というモノがあったのでしょうが、よい方向に働いたみたいです。

子どもにあまり心を注いでいないようで、続けているものにはわからないなりに、しっかりと関心を払ってくれる父親の愛情というものは、大人になってからしかわからないぶん、損ですな。

ただ、子どもが自分の世界だけで自己満足して終わらないように育つためには大切なのかもしれません。NEETを作らないためにもね。

ところで、私のBLOGのURLが変わりました。記事が多くて重くなったので、記事を一年ごとに分割することにしました。そろそろ3.0台にアップデートするべきなのかもしれません・・・

marmotbaby 06-01-12 (Thu) 23:00

>moaanさん
こんばんは。返信、遅くなってすみませんでした。コメント、ありがとうございました。
お父様を亡くしておられたとのこと、軽率なエントリーだったと反省しています。恥じています。
私も親になって思うことですが、子どもは無論、私も決して完成されているわけではなく、その関係性を築くのは常に試行錯誤なのだなぁ….と感じています。子ども時代に父を見ていれば、当然、こちらは「完成した大人」として見てしまうのですが、親の側は常に「ためらい」や「迷い」を抱えながら子どもと接しているのかもしれません。それが証拠に、私の親を見ていても、「祖父母」の範疇に括られることに、当初は大いに戸惑いがあったようですし、また身体の「老い」と「精神」とのギャップを埋めるのに四苦八苦しているように思えます。
「年齢相応の課題」と言えばあまりに簡単に言い過ぎかもしれませんが、そこに付いてまわる戸惑いは、そう簡単に処理できるものではないのかもしれません。その戸惑いが感情的な不安定さに繋がれば、たとえばそれが「反発」なり「怒り」の形をとってしまうのかもしれませんね。
その「より」を恢復する時期は、もしかすると「割り算の年齢差」が2分の1を越えたあたりからなのかもしれません。それが途絶されるのは、辛いことです。
なんの慰藉にもなりませんが、心の中のお父様との対話を大切になさって下さい。

>ユリタさん
親子の距離感って、本当に難しいですね。「判ってもらえるはずだ」という「甘え」が「怒り」や「反発」の形をとるわけで、これくらい、ほぐしようのないメビウスの輪はありません。とくに、長男・長女って、だいたい、ヒドイ目に遭うものらしい(笑)。
ある意味、親に同情するようになったらおしまいかもしれないですね。哀しいことに、親を相対化できて初めて分かり合える(気がするだけかもしれないけど)のは、いろんな意味で遅きに失するところもあるけれど、それが親子の親子たる所以かもしれないし。
帰省のたびに抱えていた葛藤が、ようやく和らぎつつあります。
そちらへのコメントは、また今度ね。

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