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来歴(その4)。

Mi0012

子どものときに、私が撮った写真たち。残念なことに、その箱にフィルムは入っていませんでした。「原版」としてのフィルムの価値が判っていなかったのでしょう。

ただ、捨てた憶えはありません。それに「まとまって、無い」ということは、逆に「まとめてどこかに仕舞ってある」ことの証左でもあると思うので、いずれ探してみることにしています。

さて、『来歴』と題しながら、ちっとも「来歴」らしくありませんが、要は、「私に向かって、「写真」がどのようにやって来たのか?」を書こうとしたのでした。

生育環境のなかに尋常ならざるカメラマニアが居たことは大きな要素ですが、父の関心はもっぱら「機械」にあり、「写真」ではありませんでした。無論、父に対する反発(という名のコンプレックス)が、「機械」よりも「写真」に私を向かわせたことは否定できません。

ただ、それは私が「写真」に向かって行く「必然」と言えるほど「主体的」ではなく、ましてや「運命」と言えるほど「劇的」でもありません。子ども頃の私が「写真」に刻印したのは、「金のかかる道楽」という、はなはだネガティブなイメージです。事実、高校時代から結婚するまでの間、カメラや写真には見向きもしませんでした。

また数多ある「分類」のなかでも、なぜ森山さんの写真に心惹かれるのか、なぜ「フワッとした写真」や生真面目な「風景写真」では無かったのかを考えると、「なんとなく」としか言いようがありません。

ただ、そう言いながらも「なんとなく」の内訳を覗きたくなるのも人情です。で、いろいろと手繰ってみると、やはりどうやら「安部公房」という「解」に行き着くようなのです。

(つづく)

Mi0009

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