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墓石の下に。

  • January 25th, 2006 (Wed) 19:34
  • 家族

Mi0036

カミさんと連れだって、初めて実家の墓所にお参りしたのは、もしかすると結婚後だったかもしれません。「将来、ここに入るんだよ」と言って聞かせた憶えがあります。

そのときのカミさんの反応がどのようなものであったか、正確には憶えていません。さして嫌がるふうでもなく、また異議申し立てされた憶えもありませんが、内心では困惑していたかもしれません。

それはなにも「墓が貧相だから」とか「日当たりが悪そうだから」とか「野犬が多そうだから」といった理由からの当惑ではなく、「一緒になることのとどのつまりが「ここ」なのか?」という、にわかには信じがたいリアリティに因るものかもしれません。

実際にカミさんがそのように思ったかどうかは別としても、仮に立場が逆であれば、私はきっとそのように思ったはずです。ですからそのとき、世の女性たちの「適応力」や「順応性」を思わずにはいられませんでした。

もちろん、最近ではその傾向も随分と変わってきているのでしょうし、子ども世代が親世代とは独立した墓を持つケースも増えているかもしれません。あるいは元の墓所は畳んでしまって、現在の生活圏に墓地を買うことも当たり前になっています。ただ、私自身はそのように思うことはできず、いずれはあそこに眠るのだと思っています。

私の家の墓がある墓地は、古くから連綿と続いている墓所です。曾祖父母の代までは土葬であったと言うことです。夫婦仲良く並んで戒名の彫られた墓石が何基もあります。先祖の女性たちの多くが他所で生まれ、この地で伴侶とともに眠っているのかと思うと、「その心中や如何に?」と、なんとも不思議な感慨を覚えます。

もちろん、祖父の代からは火葬ですから、今後は「marmotbaby家之墓」と刻まれた墓石の下に、一切合切が放り込まれることになります。何代でいっぱいになるのか? いっぱいになったら、そのあと、どうするのか…..。

仕事の都合で実家を離れて暮らす私にとって、「実家」とは両親の暮らしている土地でしかありません。私の息子に至っては「両親も暮らしたことのない土地」ということになります。願わくば、息子にも私と同じように思って欲しいものですが…..。

「死んだ後のことなど知らぬ」と言ってしまえばそれまでですが、はてさて、この先どうなることやら……。

Mi0040

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