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旧友。

Mat0008

学生時代の友人から、異動を知らせる葉書が届きました。もう10年近く会っていませんが、年賀状のやりとりだけは続いています。律儀に送られた葉書から、元気そうな彼の姿が浮かんできて、心暖まる思いがします。

お互いに、畑違いの職種です。ですから、葉書に綴られた厳めしそうな肩書きを見ても、それがどういう仕事なのか、皆目見当もつきません。ただ、間違いなく栄転のようです。綴られた活字の向こうに、彼の笑顔が浮かんでくるようです。

そう言えば、私がこの職場に就いた8年前、友人には何も知らせていなかったなぁ….と気が付きました。柄にもなく、型通りの挨拶葉書を業者に依頼して作ったものの、必要最小限の人にしか送っていませんでした。

万年筆を持つようになった効用は、こうした小さな報せに対して、簡単でも返信をしたためるようになったことでしょうか。最初のうちは、万年筆を使う口実を喜んでいただけでしたが、次第にその考えは変わって行きました。

詰まるところ、「縁」を大切にしたいという積極的な気持ちが生まれた、と言うことでしょうか。あるいはその気持ちを、わずかでも文字に起こして相手に返すこと、その愉しさと豊かさを識ったということでしょうか。

ある方に対して、一方的にお手紙を差し上げたことがあります。返信を期待していたものではありませんでした。ところが、思いがけず返信を頂き、また綴られた言葉の暖かさに心を打たれたことがあります。このことが「縁」を慈しもうとする自覚を促したことは間違いありません。

年輩の方には叱られそうですが、30代も半ばを過ぎたいま、頭の何処かで自分の「残り時間」を意識する瞬間があります。そうして慌てて「まだ間に合うかな」と考えをめぐらせることがあります。直感ですが、私は死ぬまでそう思い続けるのかもしれません。

辞書的に「40歳」が「初老」に分類されると識ったのは最近のことです。1日の重みが日毎に増しています。そのことに焦りを憶えるよりも、中高年として、ちゃんと「発達」しようと思うようになりました。「発達」は、なにも青少年の専売特許ではないはずですから。

Mat0007

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