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後悔。

  • August 23rd, 2005 (Tue) 15:00
  • 思惟

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2週間前、山間部に出張していたときのことです。2日目の昼、自宅にいるカミさんから、出先に電話がかかってきました。そのとき、私はその場を離れていました。取り次いで下さった方が「折り返し、自宅に電話がほしいとのことでしたが….」と言います。

実は私、携帯電話を持っていません。主義主張があるわけではありません。完全に乗り遅れた、というのが正直なところです。幸か不幸か「持ちなさいよ!」と周りから責められることもありません。自宅か職場、どちらかにかければ、必ず捕まえられるからです。

ただ、このときばかりは少し緊張しました。出先にカミさんがかけてくること自体、そもそも、ありえないことでしたし、ましてや「折り返し寄こして来い」とは、よほど緊急を要することに違いありません。

案の定、訃報でした。学生時代、とてもお世話になった方のお母様が亡くなられた、と言うことでした。彼女は私よりも3歳年上です。お母様とは、お電話で彼女を取り次いでもらうばかりで、とうとう、お目にかかることはありませんでしたが、その優しい口調が、いまでも耳元に残っています。

彼女は私に「仕事」というものに向き合う姿勢を教えて下さった方です。緻密かつ繊細でありながら、「おおらか」を絵に描いたような人。そして、人への配慮を欠かさない人です。ともすると愚痴っぽくなる私に対して、それにいちいち相槌を打ちながらも、決して私を傷つけることなく、別の見方を提示してくれるのでした。

その日、私にできたことは、夜、麓まで降りて公衆電話から自宅にかけ、弔電の文面をカミさんに伝えることでした。出先の電話を拝借するのが申し訳なかったこともありますが、他の人に聞かれたくなかったのが正直なところです。

この出張さえなければ、なにを差し置いても、カミさんと子どもを連れ、お通夜とお葬式に参列したかったのですが、とうてい、その場を離れることはできませんでした。「重なるときは、重なるものだ」と、忸怩たる思いを抱えていました。

後日、彼女に電話を入れました。「この年齢になって、はじめて、ひとり暮らしを始めるわよ」という言葉に、「彼女らしさ」を感じずにはいられませんでした。

聞くと、お母様は、昨年の春あたりから体調を崩されていたようでした。いままでは通院で済んでいたものが、この8月に入ったところで入院。10日の間に容態が急変し、そのまま不帰の客となったということでした。

私はすっかり忘れていたのですが、昨年、彼女からメールをもらったことがあります。「携帯電話を持つようになりました」という一節に、私が「裏切者!」と軽口を叩き、そのあとに「もしかして、なにか御身内に心配事ですか?」と書き添えていたんだそうです。その私のメールに、彼女は返事をできなかった、と笑っていました。

軽口を叩いたことはもちろんですが、まったく、余計なことを書き添えたものだと、我ながら呆れます。乗り遅れた者が携帯を持ち始める動機など、概ね「緊急の必要」に違いありません。

この秋、四十九日を過ぎたころ、彼女を訪ねるつもりです。どんな慰謝の言葉も見当たりませんが、すこしでも紛らすことになれば、と思っています。

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Comments:2

complex_cat 05-08-24 (Wed) 8:49

携帯電話を手にしたのは車載電話の延長で移動体電話と言われていた11年も前のことです。周りに誰一人として持つものは居ませんでした。
 持った理由ですが,わたしも,当時,ある理由から,両親と常に連絡を取れる状況にする必要があったので,一種の私の生命維持装置のモニターランプのようなものだったのです。あれだけが両親と繋がる細い糸でした。
 最初は,こんな洒落臭いものと思いましたが,持ってしまうと今のカーナビやGPSと同じで,「なんつう,便利な!」と使ってしまうようになりました。時を同じくして,公衆電話がもの凄い勢いで消えていきました。
 あれから十年経ちますが,差し迫ったトラブルは解決し,今は月の使用量もワイフと2台使っていますが極小です。因みにワイフは電話嫌いで,彼女からかけたことは2回合ったかどうか,携帯メールもしません。結局,自宅と仕事場が近いと言うこともありますが,仕事の方もオフィスに連絡が来る分で何とかなっていることの方が多いのです。
 長男が通う空手道場に連絡方法がないのと,結構遠いので,結局一台持たせようかなと考えてしまう昨今の状況です。でも,子供が携帯電話を持っていても,通常の空手レベルと同じく,本気で襲いに来る悪意を持ったものから危険を回避できるわけではないことは,最近の事件が明らかにしております。

marmotbaby 05-08-24 (Wed) 19:58

C_Cさん、こんばんは。
拝読しながら、「いずれは自分も避けては通れない道なのか…?」と思うようになってきました(笑)。
夜道を歩いていると、遥か向こうから、大声で「独り言」を言いながら人が近づいてくる…..数年前に抱いていた違和感は、あっという間に日常の光景になりました。
曲芸としか思えない「ながら運転(自動車であれ自転車であれ)」も、多くの日本人に培われたスキルのように思えます。
仲間と思しき高校生たちや、ワンボックスカーに乗っている「家族」たちが、目の前に居る人間ではなく「ここに居ない誰か」と繋がろうとして携帯のモニターに見入っている姿も、異様でもなんでも無くなりました。
街中をカメラ片手にブラつく私だって、そのこと自体が「異様」に思えた時代はあったのかもしれませんね。

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