Home > 文藝 > 「人さらい」。

「人さらい」。

完成された最後の長編となった、安部公房の『カンガルー・ノート』(新潮文庫)。いまでも時折、読み返したくなることがあります。この夏も、いま、半分ほどを読み返しているところです。

単行本になる以前、たしか、1991年頃、月刊誌『新潮』の連載を読んだのが最初でした。リアルタイムで安部作品に触れた、最初で最後の小説です。

脛に「かいわれ大根」を生やした男が、病院に見限られ、自走式ベッドに括り付けられたまま、冥府を彷徨う物語。暗渠と化した運河を漂い、硫黄の臭気が立ちこめる賽の河原に辿り着く。その光景には、視覚、嗅覚、皮膚感覚を総動員せざるを得ません。

刊行当初、批評家の評判は良いとは言えなかったようです。なかには「アベコーボーしてるだけ」といった「酷評」もあったとか。

確かに、それまでの作品群に比べれば、読者に与えるインパクトは小さかったのかもしれません。小説の「可能性」そのものを切り拓いた過去の作品群に比べれば、見劣りせざるを得なかったのでしょう。

私も、最初に読んだときは戸惑いました。過去の作品が、精巧なガラス細工の迷宮に閉じこめられ、しかしその故に解放されるなにものかを提示していたのに対して、『カンガルー・ノート』はどこまでも土着的で、粘り着くような臭気に覆われた作品です。

しかし、読み返すうちに、これこそが、安部作品の集大成ではないかと思うようになりました。否、「作品の集大成」というよりも、安部公房が自らをフィクションに仕立てて集大成したのではないか、と。

作品は7つのパートに分かれています。その最終章には「人さらい」というタイトルが付されています。「死」によって攫(さら)われてしまう前に、自分で自分を攫ってしまおうとしたのではないか…..。作品のベースに安部自身の入院体験があることは疑いがありません。

導き手としての「下がり目の少女」、その成人した姿と思しき「トンボ眼鏡の看護婦」。同じ人物が、違う年齢で、同じ時間に存在する。冥府を垣間見た者だけに描き得る「恋文」があるとすれば、『カンガルー・ノート』には、間違いなく「純愛」が息づいています。

出張で訪ねた海端の街で、不意に聞こえてきた物哀しい祭り囃子に、ふと、この作品を想い出していたのでした。

Comments:2

complex_cat 05-08-05 (Fri) 9:50

最後の一枚,ハーフで撮ったフィルムの終端を示していて,文章とともに,良い演出ですね。
 デジカメは,フィルム一本撮ったというその達成感や,終端に向かってフィルムを撒いていくプロセスがないので,緊張感がありませんし,そういった撮影プロセスをイメージして撮ることも出来ません。無機的な液晶画面に示されるカウンター値が減っていくだけ。
 本当に画像データサンプラーなのです。それはそれでレタッチで作品を仕上げていくプロセスで,ある程度心の落ち着き先を作れるのですが,こういったエンディングというものが明確に用意されているフィルムという媒体は,無くなって貰うと困りますね。
 ハーフで36枚撮りを使うと,一日の撮影では,数百枚単位で撮れるデジタルのそれよりも撮りでがあるような気がします。デジタルのようにむやみにシャッターを切らないからだと思います。フィルムカメラで湯水のごとくシャッターを切るのが本当にプロかどうかは分かりませんが,実際にそういった真似が出来るのですが,やったことはないのですが,何故かモデルガンを持ったシューティングゲームのような行為に思えてくることがあります。

marmotbaby 05-08-06 (Sat) 9:51

C_Cさん、おはようございます。
この日のヨコ位置の写真、全くの偶然でした。空送りが足りなかったみたいです。でも、そのおかげで撮れた写真でしたから….。
「ISO100、1/125、f8で2mに合わせていれば、たいていは被写界深度に収まる」とは判っていても、なぜか律儀に距離計を合わせてしまいます。なので、Penとは言え、その機動性をまったく殺してしまっています(笑)。
「画像データサンプラー」って、面白い表現ですね。その点では、Penもまったくその通りなのですが、デジカメの場合、どうしても機械に動きが止められるような気がして性に合いません。意識の流れと機械の動作の歩調が悪いのでしょうね。

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://memoranda.egoism.jp/blog/2005/08/%e3%80%8c%e4%ba%ba%e3%81%95%e3%82%89%e3%81%84%e3%80%8d%e3%80%82.html/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
「人さらい」。 from memoranda

Home > 文藝 > 「人さらい」。

Spider
Recent Entries
Recent Comments
Archives
Categories
Now Playing
flickr Photostream
DSCF7851DSCF7849DSCF7848DSCF7846DSCF7844DSCF7840DSCF7839DSCF7853DSCF7833
TagClouds
Search
Feeds
Meta
Counter

Return to page top