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消えた文庫本。

森山さんの著書『犬の記憶』のなかに、井上靖の小説、『通夜の客』に触れた箇所があります。前後の文脈を忘れましたが、そのタイトルに惹かれ、読んでみたいなぁ….と思っていました。

「井上靖の小説なのだから、文庫本を漁ればどこかに収録されているだろう」と軽く考えていました。しかも、井上靖の文庫なら、新潮社はもとより、他にも複数の出版社から出ているはずでした。

ところが、そのつもりになって書店の棚を眺めてみると、恐ろしいくらい、皆無に等しい「品揃え」です。もちろん、地方小都市の哀しいところでもあるのでしょうが、新潮社の場合、いわゆる青春三部作である『しろばんば』『夏草冬濤』『北の海』のほか、『敦煌』などの西域ものが申し訳程度に置いてあり、あとは晩年の『孔子』があるくらいです。

角川文庫にも、文春文庫にも、講談社文庫にも、井上作品は在ったはずでした。ですが、その面影すら見当たらない…..。

実は私、小説の読書量は多い方ではありません。青少年の活字離れを笑えないくらいです。自信を持って「いっぱい読んだ」と言い切れるのは、夏目漱石と安部公房ですが、いわゆる「文学青年」の基礎教養とも言うべき川端、芥川、太宰など、自覚して読んだことはありませんし、三島、大江に至っては、ほとんど手に取ったこともありません。ましてや、現在活躍中の作家は言わずもがなです(唯一の例外は、小川洋子くらいでしょうか)。

ただ、子どもの頃、「大人になったら読めるんだろうなぁ….」と思っていた作家は何人かいました。文庫本の巻末には、たいてい、近い関係にある作家の作品が数文字の解説とともに並んでいて、本文よりも、そちらを愉しんでいたことさえあります。思いつくままに名前を挙げると、志賀直哉、石川達三、福永武彦、高橋和巳、などでしょうか。作品を読んでもいないのに、作家の名前がスラスラ出てくるのは、もっぱら高校時代の副読本と、これらの巻末附録(?)のおかげです。

ところが、これらの作家の作品が、文庫本の棚から気持ち良いくらいに無くなっています。以前、新聞か何かで読んだのですが、全集が刊行されてしまうと、売れ行きの悪い文庫本から絶版となり、ついには文庫から消滅してしまうのだそうです。出版社間の棚の奪い合いはcmの単位で激しいらしく、どうしても売れ線のものしか残らないのだとか。

あのとき読んでおけば….と後悔するばかりです。

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