Home > 音楽 > 2つのBWV810。

2つのBWV810。

Image31

5年ほど前から、J.S.Bachを聴くようになりました。きっかけは些細なことです。たしか、NHK教育が放映した特別番組(”Super Teacher”とかなんとか…?)の中で、教授が『フーガの技法』の1曲を何倍速かに圧縮して聴かせるという場面がありました。

脳の情報処理能力が革命的にスピードを増せば、数百倍にもスピードを速めた音楽を理解することは可能だろう、あるいは、それほど高度の能力を持つ知的生命体が、既に宇宙には存在するかもしれない…..そんな「戯れ」に似た試みでした。

何倍速にもスピードを速めた「フーガの技法」は、あたかも鳥のさえずりのように聞こえました。そのとき、教授が口にした「「音楽」を西洋に限るのはナンセンスだが、それでもJ.S.Bachの音楽は、人類が到達しうる音楽の極点のひとつだと思う」という言葉が妙に心に残りました。

もとより、私にはJ.S.Bachについて該博な知識の持ち合わせなどありません。多くの「初心者」がそうである如く、Glenn Gouldのアルバムを集めることから始めました。

BWV810。『イギリス組曲第5番』です。最初にこの曲を聴いたのはGouldではありませんでした。Anatoly Vedernikovというロシアのピアノ奏者です。そのとき、既にGouldのアルバムは何枚か手に入れていたので、たまには目先を変えてみようと思ったのでした。

総毛立ちました。まるでジャズのように聞こえました。圧倒的なスピード感。Martha Argerichの『イギリス組曲第2番』を思い出しました。こうなると、Gouldの第5番と聞き比べるしかありません。

とくにPrelude。VedernikovのPreludeが、繊細かつ滑るような指の動きを彷彿とさせるのに対して、Gouldのそれはどこまでも機械のように正確、音の一粒一粒を丹念に拾い上げているように聞こえます。時間にしても、Vedernikovが4′26″であるのに対して、Gouldは4′43″。

どちらが好きかと訊かれると、すこし困ってしまいます。Vedernikovはそのスピード感に圧倒されますが、いささかメロディアスに過ぎるきらいがあり、その日の体調如何によっては途中で止めたくなることがあります。

いっぽう、Gouldの場合、意図的に情緒を排したストイックさに、ある種の退屈を覚えることがありますが、その無機質にも思えるプレイが、却って官能的に響くこともあります。装飾音の多用という点では、むしろGouldの方が多いのかもしれないのに。

あまりに卑俗な喩えですが、Vedernikovの演奏が、最初の一口から美味しい味付けのされた料理だとすれば、Gouldの演奏は、食べ終わるころにちょうど良い味覚を覚える薄味の料理といったところでしょうか。興味のある方には、ぜひ、聞き比べられることをお勧めします。

目下の懸案は、Argerichの『イギリス組曲第5番』を収録したCDは無いのかなぁ…ということなのですが…..。

Image23

Comments:3

io 05-04-19 (Tue) 23:08

こんばんは。沖縄なんてうらやましい。

さてBachですね。グレングールドは僕もだいたい持っています。昨年出された高橋悠治のBachも聴いてみてください。すごいです、彼は。若くして様々な試みをしてきた高橋悠治だからこそ弾けるBachです。

他にもゲイリーカーという方のコントラバスのBachもこれまた素晴らしいです。チェロのマイスキーも素敵なBachです。

marin 05-04-20 (Wed) 0:12

こんばんは。
モーツァルトが「癒し」だとか、α波の出る音楽というのがどうしてもわからない私ですが(もちろん好きな曲もいくつかはありますが)、J.S.Bach はもう心地よいというのを通り越して何度聴いても飽きることなく胸が高鳴ってしまいます。「人類が到達しうる音楽の極点のひとつ」というのも頷けます。少なくとも私にとってはまさに極点です。

アルゲリッチのバッハに対する思い入れが強すぎて、いまだにグールドに手を出しかねているのですが、ここで高橋悠治と聞いてああ、もうどうしよう...誘惑が多過ぎです。

日曜日、久しぶりにイギリス組曲(2番)やパルティータを弾いてみました。ガタガタのBachになってしまい、楽譜を見ながらアルゲリッチ師匠の演奏を聴いて「イメージトレーニング」してみましたが、ますます自己嫌悪に陥りました。

marmotbaby 05-04-20 (Wed) 12:39

>ioさん
ところが、これが「帰郷」となると….。最低でも年に1回は子どもを義父母に会わせたいので、できるだけ帰るようにしているのですが、宿泊費がかからないとは言え、なかなか…..。まぁ、程度の良い中古カメラを我慢すれば良いだけのことですよね。もっとも、カミさんによると「これ以上、カメラを増やすことはまかりならん」らしいのですが(泣笑)。
高橋悠治、今度チェックしてみます。

>marinさん、
モーツァルトについては、私もまったく同感です。もちろん、『レクイエム』や『ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310』など、短調系は好きなのですが、どうにも、あのポジティブさが….。因果関係は不明ですが、私が苦手とする人物に限って、モーツァルト好きであることも一因かと。根拠のない偏見です。
Bach、とても全貌を把握しきれませんが、敢えて「これ!」という曲を選ぶなら、cologne chamber orchestraの『2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1043』でしょうか。旋律を交互にリレーする、フラクタルのような陣取りゲームが好きです。疲労が蓄積しているときなど、思わず涙がこぼれることがあります。
それにしても、ピアノが弾けるなんて羨ましい。私なんぞ、手拍子でさえ、人と合わせることができません。はは。

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://memoranda.egoism.jp/blog/2005/04/%ef%bc%92%e3%81%a4%e3%81%aebwv810%e3%80%82.html/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
2つのBWV810。 from memoranda

Home > 音楽 > 2つのBWV810。

Spider
Recent Entries
Recent Comments
Archives
Categories
Now Playing
flickr Photostream
DSCF7851DSCF7849DSCF7848DSCF7846DSCF7844DSCF7840DSCF7839DSCF7853DSCF7833
TagClouds
Search
Feeds
Meta
Counter

Return to page top