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「伝え損じ」と「受け損ね」。

  • April 26th, 2005 (Tue) 22:09
  • 思惟

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「規制緩和」が「効率重視」に拍車をかけ、最優先であるはずの「安全」が、実質的にそのプライオリティを下げてしまう….。経済評論家の内橋克人さんの言葉だったと思います。

内橋さんは「効率を実現しようとする現場サイドのつましい努力が、不幸にしてもたらした悲劇」として東海村の臨界事故を語りました。トップからの強要ではなく、むしろ現場サイドが率先して「効率重視」の規範を内面化し、それを追求する「正しい行動」が結果的に過ちを引き起こした….。

おそらく今回の惨事も、ある程度は同じ構図で説明しうるのかもしれません。ただ、それだけでは、どうにも腑に落ちないものを感じます。

経験知の「伝え損じ」と「受け損ね」が、方々(ほうぼう)で起きているような気がします。どれだけ教育を施しても、実はゴッソリ抜け落ちているもの…..。「マニュアル化」そのものは、本質的な要因ではないでしょう。それよりも、マニュアルの背後にあるメタ・メッセージの「伝え損じ」と「受け損ね」……もしかすると、伝えるべきメタ・メッセージの蓄積を許さないほどに、制御不能の錯乱した社会なのかもしれません。あるいは、そんな社会の中で、他ならぬ私たち自身が、エンコーディングとディコーディングの出来ない人間に「変質」しているのかもしれません。ピーテル・ブリューゲルの名画『盲人の寓話』を思い出します。

悲劇的な事故から、時代や社会の心性を読み解こうとする試み自体、生じた現実に対する想像力の欠如を自白するようなものです。ただ、今回の”複合事故”の主因が、仮に過剰な回復運転と急制動にあったとしても、そのように彼をドライブした社会的な要因を考えずにはいられません。それは、引き替えに起きた代償に比べれば、あまりに些細な「私事(わたくしごと)」と言わざるを得ません(むろん、彼にとっての「私事」という意味ではありません)。

その後の展開を見ても「私事」にあふれています。追及不能な「鴉」や「石」を奉り、せいぜい「監督不行届」どまりで「損失」を最小限に喰い止める….。「個」を圧殺する「公」は恐ろしいですが、「ささくれ」のような「私事」が「公」を破断する凄惨さは、もっともっと恐ろしいかもしれません。

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Comments:2

io 05-04-29 (Fri) 20:53

記事とはまったく関係のないコメントですけど、この上下の写真は大好きです。特に上の写真の地面の感じはすごく気持ちがいいです。

モノクロにはまりつつある僕にはたまりません。

marmotbaby 05-04-30 (Sat) 1:05

ioさん、こんばんは。
裏切ってすみません。実はこの写真、2枚とも、例によって原板はカラーなんです。(ちなみに、上の写真はAgfa Precisa100です。下の写真は…確か、ネガカラーだったと思います)。
次回、light with shadowには、カラーを載せますね。
モノクロにはまっておられるとのこと。でも、はまるなら、やっぱり「焼き」まで手を染めるべきですよね?(などと、煽ってみたり)。

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